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言うだけの人生か、叶えていく人生か。

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    言うだけの人生か、叶えていく人生か。

    toyooka hyogo オーベルジュ豊岡1925

    asago hyogo 竹田城 城下町 ホテルEN

    OSAKA CASTLE 大阪城西の丸庭園 大阪迎賓館

  • 大切なものを失った日に生まれたからこそ、残したいものがある。

常識とたたかい、世の中を変えていけ。SCROLL
何をすれば、自分は輝くか。社会に出る前に、見つけよう。SCROLL
何をするか。それを、誰とやっていくのか。

大阪城を、開け。

STORY06

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「絶対に、やってみせる」 燃える目で、城を見上げる男がいた。

 青い空の映える、天守閣。ずっしりと大きな石が積み重なった城壁。大阪城の深い堀の前に立ち、バリューマネジメントの代表・他力野は決意を固めていた。
 「大阪城公園の民営化を、一緒にやらないか」。そんな話が、バリューマネジメントに舞い込んだのである。
 時をさかのぼること安土桃山時代、豊臣秀吉によって築かれた大阪城は再建を繰り返し現存する国の’特別史跡’。広大な敷地と、壮大な天守閣を持つ日本でも稀有な城である。
 長らく大阪市によって維持・管理をされてきたが、大阪市の事業民営化の流れにのり、民間事業者へと指定管理に出されることになったのだった。

 ただ、民間で管理するにはあまりにも規模が大きいため、複数の企業が共同事業体を組み、大阪城公園を運営していく形が取られた。園内での歴史的施設の活用や、新しい施設の建設を通して、大阪城公園の持つ可能性を最大限に活かしその魅力を向上させようというプロジェクトだ。
 これほどのスケールの城を持つ施設を民間で運営する。日本中を見渡しても初めての挑戦。今まで誰も触れることのなかった重い扉が開こうとしていた。

それは賭けだったが、 突き進むだけの理由があった。

 バリューマネジメントは、この一連のプロジェクトの第一弾として大阪城公園の中でも大きな敷地を占める、西の丸庭園の運営を進めることになった。この広大な庭園を、自分たちで実際に資金を投入し、運営していくのだから、失敗した場合のリスクは大きい。しかし、大阪城公園が魅力ある場所に生まれ変わることは、今後の日本にとって大きな希望となる。迷うことなく挑戦の道を選んだ。
 大阪城は、日本に訪れる外国人観光客の多くが一度は立ち寄る場所。それにも関わらず、俗にいう’お金を落とす’場所や仕組みはこれまでほとんどつくられてこなかった。多額の税金をかけて管理されながら、その価値が活かしきれていないことほど、もったいないことはない。さらに、大阪城のような状況に置かれた古城は、日本中に点在している。今後の日本のためにも、自分たちが先陣を切ってこの状況を打破しなくては、と強く思ったのだった。

 西の丸庭園には、1995年に国際会議APECで使用された和風建築の大阪迎賓館がある。そしてその側には太閤秀吉が使用したとされる茶室、武器庫として使われていた倉など、歴史的建造物も豊富にあった。庭園は、大阪城のシンボルでもある天守閣をもっとも美しく望める場所の一つ。春には、庭園中に植えられた桜が一斉に満開となり、息をのむほど雅な景色を生み出す。さらに、周りは塀で囲まれ、まるで貸切のような空間を堪能できるのは、大阪城公園全体の中でもここ西の丸庭園だけだ。
 これらの恵まれた資産を活かし、大阪城公園の中でも特に風情を感じられる、特別な場所へと価値を高めていきたい。そんな想いを胸に抱きつつ、庭園と施設を結婚式場へと生まれ変わらせるべく改修工事がスタートした。

しかし、理想の姿に近づくには いくつもの壁が待ち受けていた。

 大阪迎賓館は、宮大工によって技巧を凝らされた、将来、文化財になる可能性の高い建物。当然、簡単にさわることは許されない。どんなに小さな改修でも、一つひとつ会議にかけ、決裁をとる必要があった。広間にシャンデリア一つつけるにも、水道菅工事をするにも、多くの交渉や調整を要した。
 大阪迎賓館はAPECのために作られた建造物。ゆえに、多くの人を迎え入れる仕様にはなっておらず、厨房を備えるには水道の線が細く、設備としては不十分だった。「これじゃ使い物にならない。新しく水道を掘りたい」そんなバリューマネジメントの訴えも、「掘る?でも、ここは史跡なのでね…」となかなか首を縦に振ってもらえない。「でも、掘らなければ施設として機能しないんです。お客様もお迎えできません」何度も粘り強い交渉を繰りかえし、ようやく許可をもらうことができた。
 度重なる交渉にも挫けなかったのは、バリューマネジメントは、歴史的建造物をそのまま「残す」ことを大切にしているから、というところが大きい。
 貴重な建造物を、守り抜きたい。でもここはさすがに直さないと、お客様をお迎えできない。その、せめぎ合いの日々だった。

 そんな苦節も乗り越え、大阪城西の丸庭園 大阪迎賓館はついに2016年5月、オープンを迎える。
 しかし、まだ完璧な状態とは言えなかった。一番の課題となっていたのは、その導線である。大阪迎賓館は、大手門から歩いて10分近くかかる距離にあったのだ。結婚式や格式高いパーティーに訪れる着飾ったお客様からは、あまりにも不便で「なんとかなりませんか」と多数のお叱りをいただいてしまった。茶室のすぐ裏に、門があったが、当初、その門を開けることは許されなかった。あくまでも大阪城は国の’特別史跡’であり、その門を、いち民間事業者が開けるなど、言語道断だったのだ。
 しかし、このままでは運営がままならない。バリューマネジメントは関係各所と交渉に交渉を重ね、ようやく茶室の裏の門を、結婚式やパーティーの際は会場への入り口として開けることが許された。

開かれた大阪城は、 改めて多くの人から注目された。

 地道な努力の成果が、目に見えて出はじめた。リニューアルされた大阪城西の丸庭園 大阪迎賓館は、多くの注目を集め、土日はもちろん、オフシーズンも含めてほぼ空きがないような状態になった。思っていた通り、一度門戸が開かれれば、訪れたいと思ってくれる人はたくさんいる。バリューマネジメントは、そんな確信を深めた。
 そしてさらに、西の丸庭園にある、他の施設の開放にも身を乗り出した。誰にもその価値を知られることなく、長らく閉ざされていた茶室。管理費が足りずに荒廃した状態だったが、大阪迎賓館の運営が軌道にのることで生まれた潤沢な資金で改修し、素朴で美しい、本来の姿に戻すことができた。

 さらに、こうして成果を出せたことは、大阪城公園民営化のプロジェクトに参画している他の事業者にも刺激を与えた。大阪城公園の他のエリアの運営も軌道に乗りはじめ、今では互いに良い刺激を与えあいながら、大阪城公園全体の魅力が高まっている。このプロジェクトの成功によって、城を民営化する動きは全国に広まりつつある。大阪城だけでなく、日本中の他の城が、民間に開かれた存在になる日も近いかもしれない。
 バリューマネジメントが目指すのは、日本中に眠っている国の宝が本来の価値を取り戻して再び輝き、さらに新しい文化が生まれる未来。大阪城は、その希望の狼煙となるべく、さらに進化をつづけていく。

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